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本郷館! [チャリン歩]

28-1.jpg2009/02/28 11:49:48
2009/02/28 10:30〜5;30 total 27.86km  Av.10.1km/h
自宅→蔵前通り→本郷通り→本郷町内→旧中山道(R17)→白山通り→内堀通り→半蔵門→最高裁裏→国会議事堂→日比谷公園→日比谷通り→昭和通り→浜町河岸通り→両国橋→江戸博物館→靖国通り→自宅

 もう一台の無理した自転車がきたので、電動アシストを実感するため、坂の多いところを選んで、試乗に出る。
蔵前橋を渡り妻恋坂を上り、本郷から水道橋を回って皇居を桜田門の方から上る。
電動とは、漕ぎはじめや、向かい風、上り坂になると背中を若い衆が押してくれる、そんな感じです。詳しくは後日。
 昼食は学生時代随分とお世話になった神保町「いもや」の天丼。エビ、キス、イカ、ノリが目の前で揚げ上がり、丼の大盛り飯の上に載せられると同時に、どちらかというとあっさり系のタレが、ジュッと音を立てます。シジミの味噌汁付きで¥550-ワハハ。 昼食とは関係ございませんが、同じく学生時代からお世話になっている錦糸町「亀寿司」のシャリが見えない鉄火丼。新香、豆腐の味噌汁付きで¥480-どうだ!
 話がそれました。帰り際両国の江戸博物館に寄り「えどはくでおさらい!江戸時代」を見る。1階の企画展示室や映像ライブラリーは訪れたことがあるが、常設展示室は初めて。精巧な江戸の街の模型と、そこに居る人たちの表情豊かなことに感激しました。またボランティアの人たちによる展示ガイドで、年配の方々が、滑らかな英語で外人を案内しているのにはビックリ!
 という訳で、帰り際またも魚寅でブツを買い、帰宅。で、上の写真は何?
 私は知りませんでした。こんな素晴らしい建築物があるということを。何気に本郷界隈を走っていて風情のある木造の旅館(鳳明館)を見ていて後ろから視線を感じ、ひょいと振り返ったそこに、これがいました。今回のタイトルの「本郷館」です。
明治38年に建てられた104年目になる木像3階建てのL路型の巨大な下宿で、天災や戦災からも免れ、現役で頑張っています。只々凄いとしか言いようもなく、生きとし生けるものが一つ増え、見ているだけなのにぐったり疲れてしまう...  宮崎駿の世界......  
   それ以上に非日常の現実... 

28-2.jpg 木造3階建     28-3.jpg 天空の城


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Newチャリ試乗 [チャリン歩]

19.jpg11:22:04 不忍池
2008.2/21 10:15~3;10  total 27.3km  ave.10.5km/h
コース 自宅→蔵前通り→アメ横→上野公園→不忍池→アメ横→秋葉原→お茶の水→靖国通り→大妻高校脇→半蔵門→桜田門→銀座→築地4丁目→平成通り→蛎殻町→人形町→両国橋→錦糸町→自宅

 久しぶりのチャリン歩、というより、実は新しい折りたたみの自転車が来たので、試乗を兼ねてポタリングです。とりあえず1台ネットで購入。良ければもう一台無理して、輪行してみようかと思っています。実はこの自転車、電動アシストなのです!この自転車については別の機会に詳しく話しますが、女房が跨ぎ、九段坂を上ったり、いろいろ試しながら乗ってみましたが、中々のもので、もう一台無理することにしました。
 コースはアメ横で皮のキーホルダーを買い、秋葉原で仕事で使う材料を買い、お茶の水で次女に付合ってスキーウェアーを選んで、銀座のギャラリーを少し見て、平成通りのドトールでコーヒーとジャーマンドッグで一休みし、錦糸町「魚寅」でマグロ500g、タコ300gの夕食のおかずを買い、無事帰宅。このチャリgoo~!
 途中、不忍池を借景にしている背の高いビル群を横目に、日本はどうしてこんな貧しい国になってしまったのか、これもいつものようにぼやきながら、それでも暫く走れば忘れ、冷たい日の試乗会は終わりました。
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「桐子の書斎」 [ひとりごと]


「いいね」「いいね〜」身を乗り出して、木彫を眺める豪快な桐子さんは、私の昔からの患者さんである。
 今から3年くらい前、診療台に座るなり、目の前の木彫を指し、あれは何?と聞いて来た。私が彫っていることを伝えると、えらくビックリされ、危うくユニットから転げ落ちそうになった。その時から、いいね、いいね〜が聞かれるようになった。それまでは私にとっての、いつもの患者さんが、その日を境に昔からの患者さんになった。昔からの患者さんとは、気のおけない患者さんということである。
 この時、この方が、俳人であることを知った。

「水中花傘寿の三島由紀夫笑ふ」

句や、立ち居振舞い、喋り方から男っぽい方だと思っていたが、「桐子の書斎」で見せる顔は、艶っぽく、色香を感じさせる。

「沈丁花いつかあなたの根の土に」

それでも、活動的で東京の好きな彼女。

「ゴリラ見てあとは上野の心太」

昨年末、いろいろ考えて、転居しようかと思っています、と寂しそうにポツリ...
そして、引越話はあっという間に話ではなくなり、都会が大好きだった桐子さんは故郷の近くへ帰って行きました。

「たつしやでな伝言板の大旦」
「去るものは去り俎の葱二本」

それでも、彼女は、よく(笑)っているようです。
 泣きの涙を笑いの涙に隠れさせ..

「山眠るひとが一人になる真昼」

多分こうした静寂の中で「書斎」にいる桐子さんは、戸惑いながらも、さらさらと筆を走らせているのでしょう。
 私も「普段着の神々」を休日以外埋め続けることで、同じ日々でも違った毎日を過ごすことにしました。桐子さんが私に引越の話をしたあたりから、そして「桐子の書斎」に私の木彫を飾っていただける間は....

「生涯のあらかたは終へ大くさめ」


     いろはにほへとちりぬるを..........

いえいえまだまだ、これからも穏やかに、そして艶やかに、四季を詠み続けて下さい


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  「桐子の書斎」には、左欄のリンクからどうぞ



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2009-02-08 [ふじ....折りをり]

08-1.jpg2009/02/08 11:51:01


2/8(日) 7:45 -4℃

息子の仲間達が近々大勢で来るというので、女房は窓ふきに床掃除。私は昨日とは別で、女性を彫る。大きな木彫用のイーゼルにネジ留めし、あれやこれや使い彫り進み、粗方完成。後は目を入れるだけなので、東京で仕上げることとする。08-2.jpg
昨日、和室をフローリングにすべく渡辺所長と話し合ったが、見積もりを楽しみにして東京へ帰る。

昨日書くの忘れたこと一つ----ここでは食卓で岩塩を使っています。大きな塊をその都度おろし金やナイフで削るが、面倒くさいは、周りは汚れるはで何かいい方法ないかといつも思っておりました。プラスティック製の廻して塩を削るソルトグラインダーは安っぽいし....という訳で小さなコーヒーミルを買ってきまして、これに粗く砕いた岩塩を入れてハンドルを廻したところ、手に伝わってくるガリガリ感のエクスタシー!粗さも自由に設定できるのでこんないいものありません!癖になりそう!岩塩でなく粒塩でも良いと思います。一度お試しあれ
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2009/02/07 [ふじ....折りをり]

07-1.jpg2009/02/07 10:17:48        07-3.jpg


2/7(土) 7:30 -6℃ 

 2週間ぶりの富士。先週土日は雨だったのでこちらは雪だったろうと思っていたが、雨だったそうで、残っていた雪も消えていた07-2.jpg。-6℃の割には暖かく感じる。朝の散歩やら木彫の準備の後、11:30〜3:00過ぎまで木彫に集中。この「鬼泪(上の写真)」は大きい作品で、彫りだす前は動かすこともできないほど重たかったが、今は抱えて持つことができるまでになった。それでもまだまだだが、今回これ彫るのは、ここまで。
 夜は先週の土曜日に合羽橋に行って買って来た皿や器とワイングラス、大皿、そして食器全部よりズーと高かったLa Cocotteの27cm鋳物琺瑯の深い緑色のフレンチオーブン(ダッジオーブンのようだけどダッジオーブンとは言わないそうで、単にココットと言えば分かるらしい)デビュー! 料理は豚肩肉と野菜のローストでいつもと一緒! 皿もグラスも新しく、安いカリフォルニアワインも美味しく頂けました。白2本でつぶれましたが...


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猪の豆まきと8月の子 [ひとりごと]

 昨晩は豆まきだった。我が家は毎年一人一合ずつの豆を玄関、窓を開け放ち、最初のうちは「鬼は外、福は内」も時間が経つうちに豆合戦になり、豆礫が容赦なく炸裂する。犬達は最初は美味しい豆に大喜びであるが、次第に豆礫の的になりだすと椅子の下に潜り込み尾を丸める。先日、「所さんの目がテン」で、子供にとって、鬼をやっつける父親は強い父として刷り込まれ、将来にわたって父親の尊厳を維持する最初になるとか。夢々父親を鬼に仕立てて家族で豆をぶつけるようなことをしてはいけないと、子供の脳波まで測って証明していた。我が父はどうだったかな〜と思うが、その父も昨年33回忌を終えた。
 父親の誕生日は2月3日で私の誕生日は8月3日である。ぴったり半年違う。そんな訳で父親が亡くなった53歳の10月16日と同じ、53年目の4月16日を越えたときの感慨はそれなりにあった。しかしそれから丁度2ヶ月後の6月16日、私は心筋梗塞を起こし川を渡りかけた。そして今これを書きながら、気がついた。父の誕生日2月3日私の誕生日8月3日、2383は私の生年月日である。私は昭和23年8月3日生まれでした。偶然にしても、これほど数字が重なるとは....父親は大正12年の猪、私は子ある。父は時代の流れの中で叶わなかった想いを遂げるため、2代を生きようとしているのか。因縁を感ぜられずにいられない......
 豆まきの豆は、近所の「但元いり豆本店」で買ってくる。大正8年頃の創業の豆屋で量り売りの店でる。周りは鳩が沢山いるし、店の中からハトがバァー!と飛び出してくることもある。店の前には、店に向かって役所が建てた看板が立っている。「ハトにエサをやらないで!糞害で困っています」。糞も困るだろうし、衛生面の問題もあるのだろうが、豆を狙う鳥もいない豆屋の豆なんて.........今日から春です

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