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個展決まる [チャリン歩]

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柴田美智子展 ●この世の水●

11:30〜4:00 total 23.0km  Av.11.8km
 自宅→蔵前通り→江戸通り→外堀通り→銀座6丁目→晴海通り→清澄通り→永代通り→葛西橋通り→仙台堀川公園→横十間川親水公園→自宅


 今日は、次回の個展の場所と日程を決めるためのチャリン歩。私は少しでもダイエットのために今までのチャリ。女房は電動アシスト。スピードはどうしても私の方が出るので、「ついてこい」「早すぎる」で、途中戦端が開かれそうになるも早々に降参。
江戸通りのモクレンがきれいでしたが、カメラを忘れ、残念!銀座に入り、プランタンの手前のスパンアートギャラリーで目についた木彫が素晴らしく、柴田美智子展を見る。絵も良かったです。ただし3/29の日曜まででした。その後昼食にオムライスを食べ、目的のギャライーへ。来年行う個展の話ということで、空いてはいるだろうけど、念のため3つの日程案を持って行きましたが、すでに3案とも予約で一杯!という訳で帰って来てから、来年のカレンダーとにらめっこしながら、9/9(木)〜9/12(日)に決め、予約を入れました。詳しいことは「普段着の神々」からどうぞ。
 帰りは今年に入って3kgも体重が増え、完全にメタボ腹になり、ズボンが合わんということで、南砂のジャスコで、ウエスト●cm、股下●cmで決まっているズボンを2着買う。裾上げを必要としないズボンは我々短足族にとっては、嬉しい限りです。切り落とした裾の方が残った方より長いなんて、あんた恥ずかしくて店員の顔まともに見られませんから...

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さくらが咲いたよ [ひとりごと]

サクラが数輪咲いたかと思ったら、寒気が流れ込み、昨日の朝は雪がちらつきました。
満を持しての開花もちょっと遅れるかもしれません。
 サクラをタイトルにした曲は沢山ありますが、私の一押しは、久石 譲作曲、彼の娘麻衣の歌う「さくらが咲いたよ」
4-5年前TSUTAYAで借りたCD「久石譲-Complete Best Selection」に入っていた曲で、妖しく、切ない唄で、さくらの持つ何とも言いようのない世界を唄い上げています。
 もう1曲は河口恭吾の「桜」
 2曲をYou Tubeからどうぞ。



「さくらが咲いたよ」作曲;久石 譲  作詞;宝野ありか 歌;麻衣

 さくらが咲いたよ
 薄紅花街 
 峠に咲いたよ 遠く鐘が鳴る
 男はダンビラはためかせ 女のため今宵も首を取る
 愛しては果てのない孤独ばかり

 さくらが咲いたよ
 朧春霞 恋しや都と鳥が啜り泣く
 男は不安に荒れ狂う 女があまりに美しすぎて
 満開の花の下の恐さに似て

 さくらが咲いたよ
 地獄獣路 命惜しかろと屍が嗤う
 さくらが揺れるよ
 風さえないのに はらはら零れた血染めの簪

 咲き乱れ 舞い遊び 手のひらが花になる
 愛惜しや 恨めしやその胸を殺めたい
 咲き狂い 舞い堕ちてこの躯 風になる
 花びらが散るたびに 人命が散っていく

 さくらが咲いたよ
 この世を埋めて
 さくらが散ったよ 
 あとは何もない



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河口恭吾 「桜」



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サクラ咲く [ひとりごと]

 
sakura.jpg2009/03/23 06:43:10

 昨日、朝のポチテトの散歩で、一昨日は見なかったサクラの花を見る。文泉公園の小さな桜に一輪。一亀小学校の桜に数輪。2丁目公団住宅の桜に2輪。東京の開花宣言は、21日だったから2日遅れである。
 文泉公園のサクラは、なぜか太くならない。昔から多分こんなもんだったのだろう。ちょっと貧相である。
 一亀小のサクラは道路にせり出していた太い枝が切られた。一年生は入学式でサクラ吹雪を浴びることはなくなった。恐らく、道路に出た枝は、これからも切り落とされるのだろう。幹は太いが、何とも貧相である。
 2丁目公団の桜は、駐車場の出入り口に、2本の立派なサクラがゲートを築き、それは見事であった。しかし、公団の駐車場やら駐輪場やら公園やらを整備するとかで、仮駐輪場を建てるためにそのうちの一本が切り倒された。もうサクラのゲートは見られない。上の写真は、その片割れザクラに咲いた2輪の花。いつもこちらのサクラが早く花をつけ、競うようにもう一本が花を咲かせた。知ってか知らずか、今年は今はない片割れに向かって2輪の花を咲かせた。
その他公団では20m、30mするケヤキが二桁伐採され、メイン広場にあった、ハナミズキもすべて切り倒され、仮駐車場になった.........。
 私が毎日ポチ達と散歩するようになったのは、今から7年ほど前、心筋梗塞を起こした年の夏からである。夏の緑の濃い時期から、秋冬へ葉が散り、春サクラが花開くと、来年もこれを見られるだろうかと毎年のように思う。特にサクラの散るを見て想う。そんな身近なサクラが今年貧相になったり、片割れをなくしたり.....残念で.....哀れ......思うこと多し...


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2冊の旅行記+1 [ひとりごと]

 今日、イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(高梨健吉訳)を読み終えた。平凡社ライブラリーから出されている500頁を超える文庫本であるが、1878年(明治11年)47歳のイギリス人女性が、東京から日光、新潟、小国、米沢、山形、新庄、横手、秋田、青森、そして北海道を一人の日本人を連れて旅した紀行文である。読み方として、女性の一人旅としての驚き、当時の日本の風景、当時の西欧思想から見た事象の対比、宗教感の違い、彼女の博識や向学心、いろいろあり、感想も又まちまちであろうが、彼女が盛んに伝える安全、女性一人が無事に東京から北海道へ旅し、帰って来られた事実が何より日本を語っているよう思われた。
 もう1冊は、「シュリーマン旅行記 清国・日本」(石井和子訳、講談社学術文庫)1865年(元治2年から慶応元年になった江戸時代末期)に43歳のシュリーマンが世界漫遊の途中に立ち寄った中国と日本の旅行記で、約1ヶ月間の日本滞在に際し、西欧からの目を通してではなく、一人の人間として、興奮し感激している様があちこちに見られる。彼はこの6年後トロイの遺跡を発見した考古学者である。
 そして、もう一冊。これは旅行記ではないが、1562年来日〜1597年に長崎で亡くなるまでの信長、秀吉時代に布教活動をした宣教師ルイス・フロイトの「ヨーロッパ文化と日本文化」(岡田章雄訳注、岩波文庫)これもまた古き良き日本を西欧と対比させながら書かれた本である。一つ一つの事柄に訳注がついているので非常に分かりやすく書かれている。そして、このカバーにある紹介文「......貴重な資料であるだけでなく、現代の我々に様々な問題をよびさまさずにはおかない。」これが、今回紹介した3冊に共通しているテーマです。
まだ、お読みでなければ、是非どうぞ...
   いまこの殺伐として浮ついた日本は、かつて..............

nihon-okuchi-kikou.jpg「日本奥地紀行」
schlieman.gif「シュリーマン旅行記 清国・日本」
luis.flois.gif「ヨーロッパ文化と日本文化」

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